根拠のない自信を持とう。
小学校低学年の頃から時々母親に言われていたことがある。「将来何になってもいいから、とにかく一番になりなさい。もし会社に入ったら社長になりなさい」と。母が何に影響を受けてそんなことを言ったのかはわからないけれど、結果的にその言葉は僕の潜在意識に刷り込まれたような気がする。だから、なんとなくだけれど生まれて来たからには上を目指すんだという意識はずっと自分の中にあり続けたようだ。
グラフィックデザイナーになるために専門学校へ行ったけれど、卒業したら、とりあえず就職をして仕事を覚え、25歳ぐらいには独立しようなんて考えていた。もちろん世間知らずで社会の厳しさも知らなかったので、実現には程遠いものがあったけどね。札幌の広告代理店に就職したけれど、最初の5年ぐらいは毎日のように上司や先輩、時には同僚のコピーライターにダメ出しされて、会社を出て家に戻ってもずっとアイデアを考えて、朝イチの打ち合わせギリギリまで粘るようなことも。
「センスないなあ」「10年前の案だな」「もうちょっと考えてみよう」みたいな言葉たちに攻撃されて日々を過ごしていたけれど、相変わらず上昇志向はなくしていなかったんだよね。まあとても小さなものになってはいたけど。なんにもできないくせに「自分はきっと大丈夫」みたいな根拠のない自信があったんだよね。不思議と。自己肯定感っていうやつだよね。たくさん劣等感を味わう出来事があったけど、漠然と、なんとか乗り切っていけるさと思えたのは大きかったね。
そのころ会社は社員数も多くて同年代のデザイナーも10名以上はいたかな。まあみんな少なからず自分と同じように悩みながら仕事をしていたと思うけど、少しでも上を目指すのが信条だから、まずはその中で頭ひとつ抜け出さなきゃって考えてた。カッコ良さそうな広告業界だけれど、当時(まあ今も同じかもしれない)は新聞に折り込まれる家電やスーパーのチラシが売上げの多くを占めていた。作業量が多くてスケジュールの短いこの仕事は、だいたい若いスタッフが担当するわけだね。このころの働き方は今なら完全にブラック。もちろん僕もいくつかレギュラーを持たされてやってはいたけれど、たくさんの商品をいかに見やすく、売りたいものを的確に伝えるかが勝負。作業自体はパズルのようで、せまいスペースの中に切り抜かれた写真と価格の数字、そして説明の文章を余白なくぴったり入れられたりすると、ホントうれしいんだよね。
ただチラシの仕事には、インパクトの強いヴィジュアルなんかは必要とされないので、なかなか人と差がつきづらい。だから直接仕事を取ってくる営業の人と仲良くなって、「ポスターの仕事がしたい」とか言い続けた。若いうちって技術がなくてもやる気をかってもらえるので、数は少ないけど小さなポスターの仕事なんかをやらせてくれることがあった。そんな時はホントにチャンスなので、普段できない尖ったデザインを必死に作って提案したりする。仕上がりが多少未熟でも勢いがあれば人は感じてくれるもので、この作戦は案外うまくいったかな。そのうち社内でも少し目立てるようになって、チラシをやらせるより新規のプレゼンをさせたほうが良さそうだと思ってくれるようになっていった。そうなると、担当する仕事は目新しいものが増えるからさらに目立つ確率が上がっていくよね。そして、ひとつひとつお題が違うから、いいトレーニングになったし、だいぶ自信もつきはじめた。
このころはもう20代も後半に。自信がついて来たとはいえ、それが東京で戦えるレベルかというと全くそんな気がしなかった。勝てるわけがないという感じ。だいたい社内のデザイナーも含めて、札幌のデザイナーの人たちが全く東京のデザイン年鑑などに応募すらしていないし、出せるような仕事は札幌に存在しないとみんなが思ってた。札幌全体が東京コンプレックスに落ち込んでいて、まるで雲の上。とにかく最初から無理だと決めつけていたんだね。もちろん自分の上昇志向は変わらなかったけど、そんな空気の中からは抜け出せずにいたなあ。目標はせいぜい札幌で一番を目指すことぐらい。だからそのころは世界なんて別の星みたいに遠いところだったよ。これは日本のどの地方都市も変わらなかったと思う。
30歳で独立を決めて、まずはひとりで始めてみた。退社する少し前に、独立を知った人から連絡があって、仕事を始めたらお願いしたいことがあると言われていた。それが所属していた会社以外からの初仕事になった。その売り上げが90万円。当時はまだバブルの名残もあってデザイン費もそれなりにもらえていたけれど、いきなりこんな金額をもらえる仕事が来るなんて正直想像もしていなかった。つくづく自分は運がいいんだなあと思ったね。自己肯定感の中には運がいいという意識も含まれてる気がする。もちろん予期せぬ辛いことが突然やって来たりするけれど、全体的に自分は運がいいと思って(というか思い込んで)生きている。これってうまくいく秘訣かも。
飲んで酔っ払うとたいがい次の日には話した内容なんて忘れてしまうものだけど、今でも鮮明に覚えている出来事がある。まだ会社員のころ、可愛がってくれた営業のMさんにススキノのスナックに連れて行かれた時のこと。僕らを接客してくれた女性は手相を見るのが得意らしくて、テーブルのみんなを順番に見てくれた。そして僕には「あなた、お金貯まらないわねえ。」って。そのひとことで意気消沈という感じだったんだけど、そのあとに「でもね、あなた一生お金に困らないから。」って。それを言われた瞬間、「きっとそうだ!」って信じてみることにした。なぜかわからないけど、潜在意識に書き込まれた感じ。このことも運がいいと思えるひとつの理由になってる気がする。行ったお店の名前も、もちろんその女性のことも全く覚えてないけれど、もし会えたらぜひお礼が言いたいなあ。